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町と土地 そして・・ ~カウントダウン~
- 2016/07/06(Wed) 00:00 -



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2005.07.03.14:37



移住者歓迎でも受入れの現状は・・




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2004.07.25.14:09

幼児の受け入れは追いつかず・・
驚く人数の待機状態には予想外だった


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2005.06.30.16:09

とーたんのお気に入りだった小学校3校を町役場で聞くと2校は来年廃校なんです・・と
その通り翌春から順次休校、実質廃校へとなってしまった・・


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2004.07.23.18:28

あまりに広すぎました
今は池も埋め立てられ手作りハウスを連戸させた個人宿になっているらしい


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2004.07.23.14:26

目印になっていた白樺は2004年の台風で・・


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2004.07.23.18:34

ママは気に入っていたけれど後に修理不能と判断
第一候補のもうひとつは売りではない上に修理には大金が掛かり過ぎる事が解った・・


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2003.10.02.11:43

とーたんの一番のお気に入り、紗礼さんも気に入ってくれたね
でも・・ ママは却下。
今は窓や玄関は板で塞がれているようです・・


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2005.07.03.14:10


移住者歓迎ムードの町ではあるが現実は子どもが離れたリタイヤ組か自衛隊員ぐらいしか・・
これから子育てを最優先とし新たな職生活での家庭を受け入れる体制までは追いついていない
畑には不向きな波状丘陵で石を一日数センチ汗かき移動させてコツコツと開墾してきた文化
移住者へのお膳立てにも勿論限界はある



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2005.05.29.14:52 2004.07 mix

当時ふたつの小屋も2004年の台風でひとつになり後に残りも撤去、
現在は新たに建て直されてふたつの小屋の姿に戻ったらしい



先代からの農地があるも住まいは旭川へ移り住み、通い農家も少なくないとよく耳にした
明治維新、国から土地を譲り受け内地から多くの人々が移住し開墾、開拓してきた町
農地を拡げ国からの低利子無利子の借金期限も終わり多くの農家が土地を手放さざるを得なくなった・・
何年前だったろう まだその期日まで猶予があった時でも既に
農地(家)を継いでくれるなら無償で土地を譲ってもいい・・
そんな話も東京のとーたんの耳に入ることもあった・・
農家さんたちの考えも様々、勿論移住者間でも様々な意見がある・・
この町では暮らしにくい(暮らしづらくなった)・・
個々細かい理由は色々あるがそんな実情が大きく 役所やJA、商工会も頭を抱えるところの様だった。
一個人である先代たちが開墾し開拓してきた土地が資産の町、
この自然資源(土地)に限りがあるかどうかは使いかた次第・・
観光だ企業受け入れ大歓迎と目先に走って自滅してきた町も数知れない・・
知名度もあり観光人口があっても現実は観光経済は素通り・・
それを良くとるか勿体無いと取るか 後の世代へと継ぐためにはどう共存(生かす)すべきなのか・・・
一歩課題を間違えると答えも見過ごしてしまう・・
※あくまでも2003年までの話しです。

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2003年7月6日(日)
この日、旭川(美瑛出身)のイシザキくん、富良野の仲間たちや知人たちが物件を見てくださった。
移住計画はママからの提案だったが、実際この近隣に友人を持つのはとーたんだった・・
それは週一の大切な休日を家族で見てくれたり、仕事の徹夜明けで来てくれたりと・・ 感謝で頭が上がらない。
結果的には元奥さんの候補になっていた物件も全滅、皆から猛反対だった。
「富良野に来なよー」 「旭川でいいんでないかい?」
元奥さんの要望を最優先するとそれならとーたんが旭川へ通えばよいと思っていた。
「移住なんて人生の第一歩、基礎から自分たちで建(立)てれば いいんでないかい」
「ひと家族分位なら仕事の席は何とかするからさー、問題ないっしょっ」
「俺の家は自分で設計図引いたんだよ・砂利(基礎)なら任せて・俺は大工だぜ・私は板金屋(建築)よ」
「ボ・ボクはコック だ か ら・・・」(笑) 「いいんでないかい」 と
あちこちから有難い過ぎるお言葉を頂くと感謝の念を越え開いた口が塞がらなかった。
*
そんなある日(元奥さんも居た日)、移住されてきた若夫婦からも心強い助言を頂いていた。
数年間、風呂なしの町営住宅に暮らし そしてこの町でご夫婦共にアルバイトをして住人の信用を得られた
子が生まれ そして農家を継ぐわけでもないのに農地を分けて貰い、仲間内の手助けで基礎から家屋を建てられた。
今(2003年当時)も旦那さんはアルバイトと空いた日は手に職持つ腕であちこちへ遠征し
夏場シーズンは自営(奥様筆頭に女子数名)で今日という日を忙しく精一杯今をエンジョイされておられる
それは家族も含む築く事への基本である、ママが求めるお膳立てはここにはない・・・。



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*ビデオ動画を写真画像への変換等の際、
画像データと手書き表記の撮影日が異なっております。



Background Song
Hoobastank "The Reason" >  Heather Headley ver. > Hoobastank Acoustic ver.
Alicia Keys "No One"
Andra Day "Rise Up"
James Morrison  "I Won't Let You Go"
Vázquez Sounds "En mi, no en ti"
Dierks Bentley "Say You Do"







皆と解散した後、元奥さんへ本日の結果報告伝えた
電話向こうからの第一声
「なんでよっ!!!」
そのヒステリックな声はあまりにかなしかった・・

そしてとーたんはさすがに怒った
とーたんに対して否定批判、誹謗中傷するならいい
ただ皆は時間を割いて 紗礼、そして貴女の身になった上で判断してくださったんだと。
まず皆さんに感謝の気持ちを表すべきでしょうと。

思い通りにならない事を(相手を選び)露わにする
それはその時に始まったわけではなく・・
そしてそれは今も増して続く・・
何事も自己中心に物事は運ぶわけでなく思い通りにはならない・・

お膳立てをして貰うために散々人に自分をアピールし 思い通りに物事が進まないと
それを人(とーたんを筆頭)は、私を自分の思い通りにさせると・・
私は被害者です、と一転してまたアピールしてしまう姿(身の振る舞い)・・・。
ボクたちには子がいてそして周囲にどれだけ助けられているか・・

ステージ、照明、舞台装置を設置、全てを飾り付けしてもらってから
「じゃあなた方はもういいわ あとは私が唄うから♪」 
歌い終わると「じゃ後はヨロシクネ」
それじゃ失礼以前の問題・・
あまりにかなしすぎる・・ あまりに貧しすぎる・・・
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